ゆけば

旅ゆけば~旅来れば(2)

片瀬範雄

阪神・淡路大震災の時に多くの支援を受けた感謝の気持ちとして、伝承活動をしている神戸防災技術者の会は、10月に3回目となる視察と職員との意見交換、そして神戸市の派遣職員の激励などを目的に東日本大震災から6年半余が過ぎた被災地に行ってきました。訪れた自治体は我々が中心となり、平成25年と27年に4泊5日かけて開催した「復興まちづくりセミナーin神戸」に参加して頂いた19自治体のうち、6自治体でした。

震災40日後に走って見た、津波に流された悲惨な倒壊した街並み、漁船の乗り上げたまちは、盛土をされて以前の姿は非可住地指定地以外には見えなかった。防災集団移転地には神戸とは異なる立派な戸建てや長屋形式の災害公営住宅、そして多種多様な間取りのマンション型公営住宅を見た時、また個人住宅建設の槌音が響く高台移転地を見た時、住宅関係の課題は解消しつつある感がしました。

そのような中、農業の法人化、漁業設備の整備も進め、求人倍率も高いのに応募者は少なく、Uターンの期待も薄く、人口減少を止めることはできず、高齢化が進むことを予測した地域見守りシステムの拡充が今後の課題と捉えており、予防策の1つとして病院や自らがお互いのケアをしていこうと、地域コミュニテ―施設つくりも進んでいます。

その建設費用に対するかなりのウェートを占めているのは、「台湾国民からの義捐金200億円」と感謝の気持ちを聞きました。国と認められていない台湾であることから、前回記載した台湾に派遣された報告書には、一切台湾の国旗を掲載することは控えたのですが、東日本では写真のように国旗を掲げ、お礼の言葉を書いた標識が施設の入口に掲げられていました。

どうして200億円もの義捐金が集まったのか、私が台湾を訪れた際お世話になっている木下諄一さんが書かれた「アリガト謝謝」を一読していただければ、台湾の皆さんの気持ちを理解していただけるかと思います。

そして“旅来れば”ですが、世界一の吊橋である明石海峡大橋では「ブリッジワールド」と称して、300mの塔頂にあがり、景色を楽しんで頂くツアーを10数年前から行っています。既に10万人以上を案内しており、橋の技術の一端やインフラの大切さなど理解していただく機会としています。若い時に建設に携わった縁で私もガイド役を担当、出動日には4㎞を歩き、健康面と老後の1つの趣味を得た気分で楽しんでいます。

その中に外国人が5割以上の時もあります。そのほとんどは台湾からの個人参加者で、技術系でない女性一人旅、両親や子供を伴う家族組、恋人、新婚カップルと多様です。

ガイド中に、台湾の友人に教えて貰った「「カイシン/マ(楽しかったですか)」「コンプー/マ(怖いですか)」とかの掛け声に、ツアーの皆さんから笑みを貰っています。なぜ、台湾からこのように多いのか。彼らは現場からブログに写真を送っており、それがまた友を呼んでおり、日本を凌ぐ台湾のネット社会の実態を知る“旅来れば”です。


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